吉永拓哉(元暴走族 新聞記者のタクヤさん)の年齢やブラジルで記者になるまでの経歴!結婚した妻は?【激レアさん】

こんにちは!

mamakaです。

 

1月14日の「激レアさんを連れてきた。」は

少年院で反省文を書き過ぎたあまり

文章力がメキメキ上がり、

敏腕新聞記者になった元暴走族

として

タクヤさんこと

吉永拓哉さんという方が

出演されるそうですね!

 

今日は吉永拓哉さん(タクヤさん)の

元暴走族だという経歴や、

ブラジルサンパウロ新聞に

勤務するまでの経歴、

イラストレーターとしての活動や

著書の評判、

結婚した妻はいるのか?

などを調べてみました!

ぜひ、読んでみてください!

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吉永拓哉(タクヤ)さんは元暴走族だという経歴は?

出典元:http://www.edomacho.com/takuya/profile-t.html

吉永拓哉さんは

1977年09月22日、

コーヒー会社を経営する父と

料亭の娘の母の間に生まれました。

今年42歳になる方ですね。

 

出身地:福岡県 博多市

血液型:A

 

1991年、

中学校2年生のタクヤさんは

既に相当荒れていていたというか

グレていたようです。

なんと、

校内でシンナーを吸っていたことが知られ

学校側から登校を拒否された

というのです。

それは…相当なもんですね…。

 

その後も、

  • 15歳で背中に龍の刺青を彫る
  • 福岡市内の指定暴走族グループ「鬼姫」の副総長を務める
  • 定時制高校2年生で中退(今度の原因はマリファナ)

などなどの

激しい経歴をお持ちです。

 

そして、

1997年

二十歳になる年に

タクヤさんは逮捕され、

少年院に送致されたのだそう。

 

そんな吉永拓哉さんは

カッコつけてルールを違反しては

反省文を書くということを

繰り返していたのだそう。

ただ、学校にほとんど通っていなかったので

文章を書くのが苦痛で

最初は2~3行しか書けなかったのだそう。

元は全然文章力が

無かったんですね。

 

例えば、

一言で書けば終わる事実も

情景描写を交えて文字数を稼いだり

工夫するようになったのだそう。

それによって「表現力がUP」!

 

反省文がうまくなると

教官に褒めてもらったりして、

自分の言いたい事

(この場合は反省の気持ち)が

相手に伝わるのが嬉しくて

反省文を書くのが楽しくなっていった

という吉永拓哉さん。

 

ルールを違反しては

反省文を書くという事を繰り返して

文章力がついて行ったんですね!

 

仮退院後、社会復帰をした拓哉さんは

新天地を目指して

ラテンアメリカ大陸へと渡ります。

なんでも、お父さんに

「南米に行って人生勉強

してこい」

言われたのがきっかけなのだそう。

日本では色々やらかしてしまったが、

外国でなら一からスタートできるという

お父さんの

意図があったようですよ。

 

吉永拓哉さんの著書のレビューを

読んだところ、

「作者の実家が裕福なので

乗り越えられてきた」

というような文言がありました。

裕福なお父さんが何らかの

資金援助をしてくれたという

ことなんでしょうか。

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ブラジルサンパウロ新聞に勤務するまでの経緯は?

1998年、

南米にやってきたタクヤさんは

エクアドルのバナナ農園で

働きはじめます。

 

エクアドルでの生活では

危険なこともあったようで、

外国人集団に拉致されて

間一髪で脱出するという

とんでもない経験もされたそう。

ただ、

現地に移住した日本人がたくましく

生きている様子を目にして

人生観が変わったといいます。

 

その後、ペルーやボリビア、

ブラジルなどで働きながら3年間

旅したそう。

「知らないことを経験することの

わくわく感」が吉永拓哉さんの

原動力になっていったのだそう。

 

2000年、日本に帰国。

日本と南米の架け橋役になりたい

感じていたのだとか。

 

日本にいる間は

  • アルベルト・フジモリ氏のSPを務める。
  • 地元博多で不良少年改心の会「フロンティアクラブ」を設立
  • 南米の物産販売会社を設立

などの活動を始めます。

 

そして「ブラジルの永住権がほしい」

と再度ブラジルに渡るタクヤさん。

  • 2003年、ブラジルのギャング団に命を狙われ、またも間一髪で逃げる
  • 商談のためペルー、チリ、アルゼンチンを渡り歩く
  • 2004年、ブラジルの永住権取得

ジャーナリストとしては

  • アルベルト・フジモリ氏に2度面会し、フジモリ氏の無罪を主張
  • ブラジルやペルーで暮らす日本人移住者に取材、その人生を日本語で後世にのこすべくまとめる

などの活動を

されてきたそう。

 

そして、

ブラジルの永住権を獲得した

2004年には

ブラジルの日刊邦字紙

「サンパウロ新聞社」に入社。

敏腕記者としての活躍が

始まったのですね!

「少年院で文章力が上がった」

とはいっても、

ブラジルの新聞記者になるには

ブラジルの言葉(ポルトガル語でしょうか)も

堪能だということですよね!

吉永拓哉さんはグレていたものの

本来頭の良い人なんでしょうね。

 

2006年には

サンパウロ新聞社福岡支局を設立したそうで

正に

「日本と南米の架け橋役になりたい」

という思いを実践されていますね!

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イラストレーターとしての活動や著書は?

吉永 拓哉さんは

弟のよしなが こうたくさん、

妹のYURIさんとともに

イラストレーター事務所

構えているそうですよ。

出典元:http://www.edomacho.com/yuri/index.html

上から

吉永 拓哉さん、

弟のよしなが こうたくさん、

妹のYURIさんの

イラスト。

それぞれ個性があって素敵ですね!

 

著書には

『ぶっちぎり少年院白書』 二見書房

『ヤンキー記者、南米を行く』 扶桑社

『少年院で、大志を抱け』 幻冬舎アウトロー文庫

などがあるそうです。

 

『ヤンキー記者、南米を行く』の

レビューを読んでみたところ、

  • いわゆるヤンキーからの更生を美談にするようなものではない
  • とんでもない出来事の連続だがリアリティや深みがある

など、かなりの評判です!

 

波乱万丈な内容はもちろんのこと、

文章のうまさや面白さ、

文章や構成、読後感までも

評価する声が多く、

やっぱり「少年院で文章力が上がった」

というだけのことは

あるのだな~と思いました。

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結婚した妻はいるのか?

吉永拓哉さんは

2010年に結婚されたのだそうです!

 

結婚した妻はどんな方なのか

伺えるエピソードが

ブログで見付けられましたよ。

 

それは吉永拓哉さんが

2014年の年明け、1月1日から

禁煙を始めようと、

前日の12月31日に

ご自宅のベランダで「最後の一服」を

楽しんでいた時の事。

 

実は「自宅内全面禁煙」という

ルールが敷かれていた吉永家。

喫煙を知った妻は大激怒!

ベランダの扉の鍵を閉められ、

吉永拓哉さんは締め出されてしまいます。

しばらく

部屋に入れてもらえず

大変な目にあったようですね。

 

このエピソードを読む限りでは

妻も激しい人っぽいですよね。

でも、家庭内のルールの中でも

多少は許容される軽いものから

絶対守ってほしいものまでいろいろ

ありますもんね。

 

奥様にとっては

「自宅内でタバコを吸わない」

というルールには絶対譲れない思いが

あったのでしょう。

 

以上、わたしが調べた

吉永拓哉さんの情報いろいろでした!

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