佐々木美智子(ミチコ・激レア・ゴールデン街)のアマゾンで銃撃戦の訳は?結婚した夫や子供、お店の場所も!

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こんにちは!

mamakaです。

12月10日の「激レアさんを連れてきた。」に

『ブラジルでめちゃめちゃ

銃撃戦を繰り広げた経験がある

ゴールデン街伝説のママ』

として

佐々木美智子さんという方が

登場するそうですね!

今回もとんでもない話が聞けそうで

楽しみです!

今日はそんな佐々木美智子さんの

銃撃戦を繰り広げることになった理由

結婚した夫や子供

ゴールデン街のお店について

などを調べてみました!

ぜひ、読んでみてください!

佐々木美智子さんが銃撃戦を繰り広げることになった理由は?

佐々木美智子さんと沢木耕太郎さんとの関係は?

佐々木美智子さんに結婚した夫や子供はいるの?

佐々木美智子さんのゴールデン街のお店はどこ?

佐々木美智子さんが銃撃戦を繰り広げることになった理由は?

注目の人
佐々木美智子
担当・瀬尾

佐々木美智子さんは

1934年に生まれの84歳。

北海道根室市の裕福な家庭に

生まれた佐々木美智子さんは

22歳で上京したそう。

上京後は日活撮影所

(映画会社日活の名前を冠した

撮影スタジオのことのようです)

で映画編集などの

仕事をしていたそう。

石原裕次郎さん全盛期の事だそうです。

日活撮影所で3年間勤務した後は、

写真学校を卒業しカメラマンになった

佐々木美智子さん。

日大闘争を記録するため

シャッターを切る日々だったよう。

日大闘争をテーマにしたドキュメント映画

「死者よ来たりて我が退路を絶て」の

制作に携わったこともあるのだとか。

新宿ゴールデン街で伝説のバーとなった

「むささび」は

生活のために経営をはじめたようですよ。

カメラマンとしては

黒木和雄監督の映画に携わり、

あの俳優の松田優作さんや

原田芳雄さんと親しくなったことも

あったそう。すごいですね!

なんか昔はゴールデン街って

有名な俳優さんが飲んだり

喧嘩したりが日常茶飯事だったって

年配の人に聴いたことあります。

佐々木美智子さんは

昔の新宿の熱気を

肌で感じてきた人なんですね。

そんな佐々木美智子さん、

経緯はよくわからいのですが

ブラジルに渡って水商売を始めたそう。

「銃撃戦」になった理由としては

「繁盛をねたんだ

ブラジルのマフィアに襲われた」

ということらしいです。

怖すぎます。

マフィアにねたまれるほど

繁盛させているのも何気にすごいですよね。

ただ、学生運動で争いごとに慣れていた(?)

佐々木美智子さんは

店の入り口に冷蔵庫でバリケードを築き、

派手な銃撃戦を繰り広げたというのです。

ものすごい修羅場を

潜り抜けてきた人なんですね!

結局9年間、

ブラジルのアマゾンで飲食店や

ペンションを経営していたそうですよ。

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佐々木美智子さんと沢木耕太郎さんとの関係は?

佐々木美智子さんのことを

調べていると、

あの作家の沢木耕太郎さん

名前が出てきます。

なんでも、佐々木美智子さんは

ブラジルにいた頃、

バーやペンションだけでなく、

日本の本を読みたがっていた

日系の人達のために

私設図書館を造ったりもしたそう。

沢木耕太郎さんはその活動に賛同してくれ、

二万冊の蔵書を寄贈してくれたのだそうですよ。

すごい人脈ですね!

佐々木美智子さんに結婚した夫や子供はいるの?

佐々木美智子さんには

結婚歴があります。

なんと、

北海道根室から上京するときには既に

結婚&離婚 を経験済み

だったそうなのです。

19歳で結婚して

夫の実家があった函館で働き始めたものの、

離婚して22歳で上京することに。

子供がいたのかどうかは

わかりませんでした。

夫だった男性については

「ほんとにいい人だった」と語っている

佐々木美智子さん。

それならなぜ離婚したのかなと

思いますよね。

その時の心境をのぞかせる言葉も

ありました。

「たった一回だけの人生、

このままじゃ嫌だ、

自分の力で生きてみたいと思って」

もっと広い世界を見てみたいという

気持ちだったのでしょうか。

実際、「自分の力で生きる」どころではない

有り余るパワーの持ち主だったわけですね。

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佐々木美智子さんのゴールデン街のお店はどこ?

佐々木美智子さんと

ゴールデン街のお店の歴史や

場所についてわかりました。

佐々木美智子さんが上京して

1968年に最初に開いたバー

「むささび」は3年ほどで

人に譲ったそう。

「むささび」を受け継いだ

長谷百合子さんという方は

衆議院議員を1期務めたこともある

のだとか。

長谷百合子さんはお店を

むささびが飛ぶという意味を込めて

「ひしょう(飛翔)」と名づけ、

新しい店名でも親しまれていたそうですよ。

その間、佐々木美智子さんはスペインや

ブラジル(銃撃戦のあった地ですね)

伊豆諸島の大島などで生活。

長谷百合子さんが

体調が悪くなったことで

お店を続けられなくなったことを知り、

佐々木美智子さんは伊豆から戻って

2014年7月から、再び「ひしょう」のお店に

出ることにしたそう。

そこには佐々木美智子さんの

「もう一度仲間が集まれる場所を作りたい」

という思いがあったそうですよ。

佐々木美智子さんにとっては

ゴールデン街が

「自分の力で生きる」ことを始めた

ルーツみたいな感じなのでしょうか。

そういう帰れる場所があるって

いいですね。

お店の場所はこちらです~

ひしょう

東京都新宿区歌舞伎町1-1-8

以上、わたしが調べた

佐々木美智子さんの情報

いろいろでした!

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