越智直正(えちなおただ・靴下屋)は靴下を噛む?タビオ創業者の経歴!妻や子供は?【激レアさん】

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こんにちは!

mamakaです。

11月12日の「激レアさんを連れてきた。」に

靴下を愛するがあまり、

靴下を噛むことでその靴下の善し悪しが

分かるようになった『靴下の神様』として

「靴下屋」を展開する「タビオ」の創業者、

越智直正(えち なおただ)さんが登場するそうですね!

わたしも「靴下屋」のタイツ、愛用してます!

今日はそんな越智直正さんのプロフィール、

「タビオ」が展開する「靴下屋」の魅力、

妻や子供とのエピソード

などを調べてみました!

ぜひ、読んでみてください!

<もくじ>

  1. 越智直正(えち なおただ)さんの経歴!
  2. 越智直正(えち なおただ)さんが創業した「タビオ」の靴下屋ってどんなお店?
  3. 越智直正(えち なおただ)さん、社長の座を子供に譲ったときの妻の言葉とは?

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越智直正(えち なおただ)さんの経歴!

越智直正さんは

1939年愛媛県生まれ。

お誕生日はわからなかったのですが、

今年79歳になる方ですね。

越智直正さんは

中学卒業後、大阪の靴下問屋に丁稚奉公に出たそう。

丁稚奉公としての生活は

まともな仕事を与えてもらえず、

先輩に手を挙げられることも日常茶飯事で

とても辛いものだったようです。

本当は高校にも行きたかったそうで、

当時の越智直正さんの心境を

想像すると切なくなります…。

気持ちがめげそうになっていた越智少年に転機が。

それは、取引先の工場で

靴下の原料となる綿の栽培をしている

アメリカの女性の写真をみたことでした。

その女性が奴隷であること、

それでも笑顔で仕事をしていることに

衝撃を受けたといいます。

それをきっかけに

「仕事に感謝すること」「靴下にすべてをかけること

を誓ったそう。

それからは人が変わったように

靴下の素材や流行について勉強します。

靴下の肌触りがわかるからと

「靴下を噛む」ようになったのも

この頃だのだそうですよ。

1968年(29歳くらいのとき)独立し、

ダンソックス(現タビオ)を創業。

靴下の卸売りを始める

最初は靴下の問屋さんだったんですね。

1982年に小売りに進出。

あるとき、

越智直正さんの元に靴下が

劣化した状態で返品され来ます。

それは、繊細な取り扱いが必要な靴下

だったにもかかわらず、

小売店がお客さんへの説明を

怠ったために起きたことでした。

靴下を愛する越智直正さんは悔しくて涙…

精魂込めて作った靴下を自分で売りたい、

「専門家が作って専門家が売る」

と考えたことが、

小売への進出のきっかけでした。

そして、

1984年に「靴下屋」1号店をオープン。

同時にフランチャイズチェーン展開を開始。

ダンソックス(現タビオ)は

順調に成長していたようですが、

1990年代、バブルが崩壊した時には

倒産の危機や価格競争に直面した時期もあったそう。

当時、同業他社は人件費などを抑えるため、

つぎつぎに生産拠点を中国に移していったと言います。

それでも越智直正さんは靴下づくりを

メード・イン・ジャパンにこだわり、

その品質の高さを維持したとのこと。

すごいですね!

なんでも、靴下屋の商品って、

いまも全部日本製なんだそうです。

全然知らなかったです…。

わたしはよくタイツを履くんですが、

今はほとんど靴下屋以外で

タイツを買う事ってないんですよね。

その理由を

あまり意識したことはなかったのですが、

たまに靴下屋以外でタイツを買うと

なんとなく履き心地が悪かった、という事が

何度かあったせいもある気がします。

そんなに安物じゃないのに伸びが悪かったり

肌触りが悪かったりということが

あったんです。

それに対して靴下屋のタイツは

やっぱり履きやすいんですよ。

結局靴下屋でばかり買うようになったのは、

無意識に履き心地のよさで

選別していたからなのかもしれません!

越智直正さんのこだわりが

ちゃんと一消費者(わたし)に

響いていると思うと、ちょっと感動します…。

そんな品質のこだわった独自の

生産・販売管理システムでタビオを

靴下のトップブランドに育て上げた

越智直正さん。

2002年英ロンドンに海外初となる店舗を出店したそう。

2008年には経営を息子さんに譲って

会長となられたそうですよ。

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越智直正(えち なおただ)さんが創業した「タビオ」の靴下屋ってどんなお店?

というわけで、

日本製にこだわって成長してきた

「タビオ」の「靴下屋」について

その魅力をまとめてみました。

出典元:靴下屋

まずはさきほど書きましたように

日本製だということもあってか、

履き心地がとてもいいです!

個人的に靴下屋のタイツのファンなので、

タイツについて調べてみたところ、

履き心地の良さの理由が

紹介されていましたよ。

  • 表糸と裏糸の2重編みだからできる、やわらかい履き心地。
  • 超極細糸だからできる、繊細な肌触り
  • マチ付きだからフィット感が違う

わかります!

柔らかくて肌触りが良いんですよね~。

マチがある=立体的になっている

ことでキツさとかを感じにくくしているんですね。

普通の無地のタイツなら864円で、

色もとても豊富なのもうれしいです!

そして、

商品のデザインや機能の豊富さも

魅力です!

靴下もいろんなデザインがあります。

普通の無地の靴下もたくさんありますが、

変わったものだと

ベロアとかレースとか、

靴との組み合わせが楽しくなるようなものも。

出典元:靴下屋

お部屋用の靴下や冷え取りのシルクの靴下、

メンズ、キッズなどもあります。

オンラインショップでお買い物できます。

タビオホームページ

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越智直正(えち なおただ)さん、社長の座を子供に譲ったときの妻の言葉とは?

調べてみると、

社長の座を譲った子供や

妻や子供とのエピソードも少しわかりました。

出典元:http://souzoku-jigyoushoukei.com/posts/1293

息子の勝寛さんは20代の時、

大学を辞めてしまうくらい音楽に凝って

ミュージシャンを目指していたそうです。

越智直正さんは

「25歳までに食えるようにならなかったら

会社を継げよ」といって

しばらく見守っていたそう。

引き継いでからも始めは指導を試みたものの

最終的には

「好きなようにやってみろ」と

勝寛さんのやり方に任せる形に。

越智直正さんは懐の深い方なんですね。

社長の座を退くことになったきっかけを

インタビューで語っておられて、

その中に妻とのエピソードもありました。

社長を子供に引き継ぐことにした

理由について、

「健康上の理由で靴下を履かなければ

ならんようになったからです。」

と語る越智直正さん。

なんでも、丁稚奉公に出ていた15,16歳の頃から

靴下を履かないで生活してきたという

越智直正さん。

50数年、素足にサンダルで過ごしてきたのは、

商品の仕上がり具合や履き心地を

より正確に確かめるためには、

普段からはだしでいるのが一番だから

なのだといいます。

社長自ら商品の良さを

チェックするのが習慣になっていたのですね。

すごい!

ただあるとき、医師から

「足を冷やすのはよくない。

せめて冬の間は靴下を履かんといかん」

と言われてしまったそう。

嫌がった越智直正さんでしたが、

妻も「履け」とどうしても譲りませんでした。

そりゃそうですよね。

妻としては体を第一に

考えてほしいですよね。

それで1月とか2月の寒い時期だけ

靴下を履くようになったのだそうですが、

本来は命より自分が売っているものを

大切にするのが商売人のあり方なのに、

「靴下より命のほうが大事になってもうた」

ことを理由に社長を引退することに

したのだそう。

豪快な考え方がかっこいいですね!

それだけ一つのものに情熱を注ぎ続ける

人生って素敵です。

「靴下を噛む」ことについては

インタビューの中では触れられていませんでしたが、

「素足にサンダル」同様、

品質を確かめる越智直正さん独自の

方法なのでしょうね!

番組で詳しく聴けるのをたのしみにしています!

以上、私が調べた

越智直正さんの情報色々でした!

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